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アトピー性皮膚炎とQOL

アトピー患ってて良かった!」と思ったことは唯の一度も無い。

アトピーは日常生活のいかなる場面においても足枷となる。

本記事では、アトピーがいかに私の生活の質の低下に貢献しているかを殴り書く。

例によって自分語り要素を多分に含むので、共感できる方は共感していただいて、アトピーに疎い方は理解を深めてほしい。

 

人生においてアトピーが如何に邪魔な存在か

常に痒い・痛い

私がアトピーに対して最も憎悪している事柄である。

アトピー患者は常に痒み・痛みと闘っている。症状の重さによるが、起きてから寝るまで意識のあるうちは、飯を食べていようが仕事・勉学に励もうが趣味に興じていようが関係なしに痒み痛みに襲われる。酷いときは痒みで目が覚めたり睡眠中無意識に掻いていて朝方血が出ていたりするので24時間休む間なく苦しめられる時もある。

"アトピー性皮膚炎とひきこもり"にて「動くのがつらい」と述べたが、じっとしているときは楽ということでもないのである。

 

水が怖い

これは私だけかもしれない。

私は風呂が嫌いである。湯(水)が患部にしみて痛いからだ。幼少の頃から患っていたので、その頃からの「水に触れる→痛い!」というロジックの積み重ねが水に対する恐怖を育んだのだろう。

カナヅチではないが学校のプールの授業も嫌いだったし、もし友人からプールや温泉に誘われても「私はいわじめんタイプだから水に弱い」という言い訳で断ることにしている。

 

薬を塗り続けないとグロ画像と化す

前項で風呂が嫌いだと述べたが、私には風呂に入らざるを得ない理由がある。肌を清潔にした状態で毎日ステロイド外用薬という薬を患部に塗布せねばならないのである。この薬は幹部の炎症を鎮めることで痒みを押さえてくれるものなのだが、一日二日塗らない日が続くと薬で押さえつけていた炎症が表面化し、痒いわ浸出液と呼ばれる体液が吹き出しまくるわで日常生活がままならなくなる。過去にこの薬を絶った状態を一月ほど継続したことがあるのだがその時の有様はいずれ記事にしたいと思う。

ともかく、薬を絶てないということは災害時等供給が強制的に断たれるかもしれないときへの不安が常に頭によぎる。

また、薬を止めれないというのは次項の問題に深く絡む。

 

通院時間と医療費

アトピー患者はまともな日常生活を営むために病院に薬を処方されに行く必要がある。利用するのは主にに皮膚科だが、通い続けなければならないため、通院時間と医療費がどんどんかさむ。我が家は私と姉二人の計三人がそういう体質である(だった)ため、今までアトピー治療に費やした時間と医療費は相当なものだろう。

また、治療といってもあくまで対症療法で押さえつけているだけなので、症状は一進一退である。なんとか活路を見出だそうと他の治療法に手を出すのだが、ガセ情報(合う合わないがあるので一概に言い切れないが)を掴まされて無駄な出費をすることもアトピー家庭に有りがちなのは別のお話か。

 

粉吹き

アトピー患者の肌からは、剥がれた細かい皮膚がポロポロと落ちることがある。正式には落屑、俗に粉と呼んだりする。これの何が問題かというと、まず見た目が汚い。簡単に言えば全身から出るフケである。見ていて良い気分はしないだろう。

他人が食べる食べ物の周りでも粉が落ちないように注意を払うし、友人の家に上がるのもかなり心苦しいものがある。掻かなければ最小限の量で済むのだが、それでも少しは産出してしまうのでとにかく気を使う。

服装にも気を付けている。私は基本粉が目立たない薄い色、また手ですぐ粉を払い落とせるツルッとした生地の上着を着るようにしている。中学高校と制服が学ランで黒かったので、その時もかなり気を使ったしつらかった。また私は現在大学三回生で、今後黒いスーツを切る機会が増えていくのだろうなと考えると憂鬱である。

 

終わりに

いくらでも思い付くが、それらはまた後日追記するか続編記事を執筆するかにさせていただく。

殴り書きもとい単なる愚痴かもしれない点には目をお瞑りいただきたい。

それでは読了お粗末さまでした。m(_ _)m